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2014/09/08

Column

「グラスマッチング特別編」4種のピノ系グラスとピノ・ノワールの競演。ドメーヌ ミエ・イケノ

「ピノ・ノワール ワークショップセッション in NZ」

近年行われた、大規模な「ピノ・ノワール」ワークショップ・セッションは、たいへん興味深い試みでした。この模様は動画でもご覧頂けます。

今や、ピノ・ノワールの代表的な産地のひとつでもあるニュージーランドのセントラル・オタゴで行われたこのセッション。
リーデルが用意した14種類のグラスで、各ワイナリーが持参した自身のピノ・ノワールワインを飲み比べ、そのワインに最適なグラスを選定するというものです。
いつか日本でもこのセッションを行いたいですね。今回はその簡略版ともいうべき試みでした。

きっかけは「シャルドネ」から

「北海道のピノ・ノワール」も考えました。
「北海道でジンギスカンとおいしい鮨が食べられる」という邪な思いは強く庄司を捉えてやみませんでしたが、それ以上に、八ケ岳を間近に臨む標高750mの丘の頂きを開墾して作られたこの畑が生むワインへの興味が勝ったのです。
その思いは、前回このワイナリーを訪れたとき、シャルドネのキャラクターを伺ったときの池野氏のコメント、「南国を感じる」というひと言でした。

年間日照2,400時間におよぶ「猫の足跡」畑

「レ・パ・デュ・シャ(猫の足跡)」 これが標高750mの丘の頂きに開墾された「ドメーヌ ミエ・イケノ」の畑の名前。もともとは耕作放棄地だったこの場所。ここに畑を作ると決めた時に目にした「猫の足跡」がそのまま畑名になったそうです。

さすがに丘の頂に開かれた畑だけに、日差しを遮るものはもちろん何もなく日照時間の長さも納得。遠く富士山を、そして間近に八ケ岳を臨む360度のパノラマは圧巻です。池野氏も、畑作業時には日焼け対策は万全とのこと。

下の写真は、丘の頂き付近にあるログハウス。作業の方々はここで休憩を取ったりするそうです。素晴らしい景色を眺めながらの一服ですね。

この3.6haの畑の中でも山頂部に近いエリアに配されたピノ・ノワールの畑。年間日照が2,400時間にも及び、しかも山の頂きにあるこの畑は、太陽の恵みを余すところなく享受することができます。池野氏がシャルドネに感じる「南国」的な性格はここからくるのでしょう。「猫の足跡」畑で感じた空気は、フランスでの畑作業で受けた強い日差しと、木陰で感じるひんやりと乾いた風を思い出させてくれました。

もちろん、「南国」的な暑さだけではありません。この畑からさらに200mほど高い、標高950m付近にはワインリゾート「リゾナーレ」があり、ここで迎える朝晩の空気は真夏でも肌寒いほどです。今回のセッションは近隣にあるワインリゾート、リゾナーレ内のイタリアンレストラン「オットセッテ」で行われました。

恵まれた日照量と昼夜の寒暖差。ここで育まれるピノ・ノワールを、リーデルの4種類のピノ・ノワールグラスで感じてみたかったのです。

「グラヴィテ」

庄司がサンテミリオンのCh.トロット・ヴィエイユで遊学させてもらったときもそうでしたが、醸造所での仕事はとにかく清潔を保つこと。施設内のありとあらゆるところを掃除することが、研修生としての仕事の大半でした。「ドメーヌ ミエ・イケノ」の醸造所も、池野さんが作業をすることを前提にサイズやデザインを考慮して設計されたそうです。

「ドメーヌ ミエ・イケノ」の醸造所は、丘の頂からひろがるワイン畑の裾。斜面に足をかけるように建てられています。

外観からは「不安定かな」とも思えるこの立地は、池野さんのワイン造りにおける哲学が形になったものです。それは「八ケ岳の自然をそのままワインに反映させたい」というもの。畑の開墾から始まり、人手による収穫、そしてブドウがワインへと変貌する過程にも、この哲学が反映されています。

ポンプで果汁を移動させるなどの人為的な力をできるだけ加えない。そのために、斜面の傾斜、いわゆる重力を利用して醸造行程を進めるための醸造スタイル「グラヴィテ」を実現するための設計なのです。

その3階構造の最下層。樽の貯蔵部屋を背に、薄暗い通路での立ち話しのなかでの池野さんの言葉が印象的でした。

「ワインを楽しんで頂くその場に、生産者としての私の存在は必要ないのではないか。むしろワイン自体が語ってくれればいいと思う。太陽とか、風とか、雨、土。八ケ岳の自然ぜんぶをワインに詰め込んだ、そんなワインを目指している」という趣旨の言葉でした。

究極のワイングラスは「黒子」

「究極のワイングラス」とはどんなグラスか。庄司が考えるそれは「ワインを感じるときに、飲み手の感覚から消えるグラス」。

あくまでも主役はワイン。飲み手が、ワインそのものの魅力、畑や生産者のメッセージをワインから受け取るときに、グラスの存在は消えてしまうべきなのです。ワインとグラスの相性がいいとき、グラスは消えます。確かに下唇にグラスが触れているはずなのに、そこには存在しないかのように、ワインの流れだけが、ワインがもたらす喜びだけが鮮明に感じられるのです。

それはまさに文楽における「黒子(黒衣)」の存在。
舞台上には黒装束の黒子が人形の動きを補佐しつつ人形の背後に確かに居るのです。当然、観客の視界には捉えられているのに、舞台で再現されている世界の中には存在しない不思議な存在が「黒子」なのです。

決定的にワインの印象を左右しつつ、ワインを飲むその瞬間には、飲み手の意識から消えてしまう。そんな存在が「究極のワイングラス」であり、池野さんが目指しているのも「ワインそのものが飲み手へ語りかける」そんなワインなのだなと感じました。

「ドメーヌ ミエ・イケノ」のピノ・ノワール。
4種類のグラスでどんな表情を見せたのか。

ワインは池野さんご自身が注いでくれました。
最初の段階で2つのグループに分かれたのが印象的です。

1つは <ヴィノム> と <ヴィノム・エクストリーム>
1つは <ソムリエ> と <ヴィノムXL>

果実系の香りを根底に素直に感じられたのが前者の2種類でした。

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面白かったのは <ヴィノムXL> です。

果実系の香りがぐっとおさえられて、樽の香りが前面に出てきます。<ヴィノム> の形状をベースに約1cmほどの煙突型の飲み口が情報のすっとのびた形状によって、オレゴンのピノ・ノワールを試飲すると、いい塩梅に香りも味わいも、エレガントに優しくなるこのグラス。今回は、すこしその点が強く働いてしまったのでしょうか。香りのバランスは樽の印象が強く出ていました。果実系以外の要素にスポットが当たった印象です。味わいの点では、日照時間の長さならではの果実味が感じにくくなっていたように思います。

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一方で、庄司の想像とは異なっていたのが <ヴィノム・エクストリーム>です。

この特徴的なダイヤモンドシェイプでは、シャルドネに感じた「南国」的な一面が、ピノ・ノワールからも強く感じられるのではないか、と思っていたのですが、良い意味でその想像は裏切られました。確かに、<ヴィノム> に比べて、香りも若干強めに集約され、その分果実系の香りにスポットが当たるのですが、決して派手すぎることなくバランス感は崩れません。きっと、日照時間の長さだけではない、昼夜の寒暖差や、風通しの良さなどが、ワインに複雑さを持たせているのでしょう。

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セッションが進むうちに <ソムリエ>のグラスからは、柔らかく立ちのぼってくる香りを楽しむことができるようになってきます。

一般的なACブルゴーニュでは、多くの場合、このグラスの容量1,060mlという大きさ、飲み口の大きさ、すぼまるの緩やかさなどが原因で、飲み口まで香りが上がってこないことが多いのですが、柔らかいながらも、ワインの香りがじんわりと鼻腔を包みます。特徴的な反り返った飲み口によって、味わいは極めて柔らかく、ソフトなテクスチャーです。

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改めて感じたのは <ヴィノム> の守備範囲の広さ。

日照時間と寒暖差という恵まれた気候条件、丁寧な畑仕事、そして極力人工の力を加えない醸造行程がもたらす、あるがままの八ケ岳ピノ・ノワールの魅力を、バランスよくグラス内に再現します。しっかりと明確に各要素を感じられつつ、それでいて「猫の足跡」畑の表土のように硬くないテクスチャー。

複雑さに支えられた豊かな果実味と柔らかい質感。畑、ブドウ、醸造、全てに注がれる池野さんのこだわりがこのワインを形作ります。そこからは、厳しい自然に育まれた八ケ岳の自然がぎゅっと詰め込まれたワインの魅力を感じます。

まだまだ低い樹齢です。むしろ、この低い樹齢でのワインの仕上がりに、今後への期待を大きく感じます。
これからブドウ樹齢が20年を越え、この土地でのワイン造りの経験を重ねられた池野さんのワインを感じたい、そう強く思いました。

これは「ドメーヌ ミエ・イケノ」に限ったことではありませんが、ひとつ残念なのは、生産本数が限られていること。ワインとの出会いはご縁だと、切に思います。
このブログを読んで頂いた皆様が、素晴らしいワインとの出会いを沢山御持ちいただけることをいつも願っています。

Domaine Mie Ikeno

Domaine Mie Ikeno
ドメーヌ・ミエ・イケノ
https://www.mieikeno.com/

ワイナート

ワイナート

この記事は2014年9月5日(金)発売「ワイナート 第76号」に掲載されました。
こちらからPDFファイルをダウンロードしていただけます。
ワイナート PDF(350.2KB)

  • 庄司 大輔Daisuke Shoji
  • (社)日本ソムリエ協会公認ソムリエ/リーデル社 ワイングラス・エデュケイター

1971年神奈川県生まれ。明治大学文学部文学科卒業、専攻は演劇学。 塾講師、レストラン勤務などを経て、1998年(社)日本ソムリエ協会公認ソムリエ呼称資格取得。1999年にボルドー地方サンテミリオンの「シャトー・トロットヴィエイユ」で学ぶ。2001年リーデル・ジャパン入社、日本人初の「リーデル社グラス・エデュケイター」となる。リーデルグラスとワインの深いつながりやその機能を、グラス・テイスティングを通して広く伝えるため、文字通り東奔西走している。
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