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2013/09/05

Column

ロバート・パーカーと笠智衆とナイアガラ 〜ワイナート連載後記 熊本ワイン編〜

「日本ワインでグラスマッチング」も今回の9月号で3回目、次回12月号が最終回となります。
初回の岩の原葡萄園(マスカット・ベーリー・A)、第2弾のエーデルワイン(ツヴァイゲルトレーベ)と、黒ブドウが続きましたが、第3弾は敢えてのナイアガラをテーマに行いました。

「日本ワインって・・・?」

今回の連載テーマは日本ワイン。個人的には「日本ワインは、やはり日本人らしい」そう感じます。
ワインを口に含んだ瞬間、圧倒的なパワーが口中に充満する・・・ようなワインは少ないですね。
むしろ、後半からじんわり姿カタチが浮かんでくるような、霞の向こう側にいる誰かを探すような、そんな「にじみ感」のようなものが、私が感じる日本ワインに共通するひとつの感触です。
絵の具の色調が視覚に飛び込んでくるようなビビッドな絵ではなくて、墨の淡い輪郭や濃淡が陰影を映し出す水墨画のような性格。

日本で生まれ、日本の水、食事、環境の中で育った人間がワインを造っている訳ですから、何をもっておいしい、美しいと思うか、その審美眼は必ずワインメイキングにも反映されるでしょうし、他国のそれとは異なってくることは当然のことなのかもしれません。
もちろん、「南北に細長い国」ゆえに「初夏と初冬が同時期に存在しうる国」でもある日本国内にも、土地ごとに厳然として風土の特色があるでしょう。
ただ、総体として「アタックの力強さ」ではなく「後半にジンワリと浮かんでくる何か」こそが、今まで飲んだ日本ワインから感じた印象です。

読者のみなさんにとって「日本ワインとは?」
いったいどんな存在でしょうか。

「PPって・・・?」

永田町では「TPP」問題が喧しいですが、ワイン業界で「PP」といえば「パーカー・ポイント」です。
著名なワイン評論家ロバート・パーカー氏によるワイン評価点で、これがつくかつかないか、高いか低いかは、そのワインだけにとどまらず、そのワインメーカーが造る他のワインの売上げにまで大きな影響力をもっています。
一方で、「濃厚で、タンニンががっしりとして、輪郭のはっきりした、パワフルなワイン」に高得点がつきやすい傾向もみられるようで、その影響力が大きいが故に「PP」の功罪が論じられることもしばしばです。
個人的には「PP」それ自体が良いか悪いかというよりも、彼の嗜好傾向に上記のような特徴がある・・・ということを知ることで、ワイン選びのひとつの指標として活用できれば有用だろうと思います。
ただ少なくとも、「後半じんわり型ワイン」には、あまり高得点はつかないのだろうなぁ・・・。

百花繚乱、ピンからキリまで、さまざまなキャラクターがあふれるワインは、スクリーンに映し出される俳優にようです。
個性を全面に押し出した役者も入れば、役柄にわせて体重を増減したり、顔の輪郭をかえるために歯を抜いたりする役者もいます。

仮に例えるなら、「PP」が高い、輪郭のはっきりした存在感たっぷりなワインはハリウッドのスター俳優、日本ワインは、映画の完成度を高める名脇役の味のある演技・・・と言えるのかもしれません。

高貴品種・・・名前でお金がとれるハリウッドスター・・・

熊本ワインを代表する「菊鹿ナイトハーベスト・シャルドネ」は、日本におけるこってりシャルドネを代表する世界に通用するワインです(でもでも、やっぱり輪郭の柔らかさは日本ワイン的、もしくは熊本の暖かさがもたらすものなのでしょうか)
このシャルドネをはじめとして、ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨン、リースリングまで・・・世界の広い範囲で栽培され、高品質なワインを生み出しつつも、きちんとそのブドウ品種の特徴がワインに表現される・・・そんなブドウは「高貴品種」と呼ばれます。

ブドウ品種も耳になじみ深く、世間一般での評価も高い、ということで、ワインショップやレストランでも、品揃えの中心となることは当然。
「高貴品種」は、その名前だけで客が呼べる、お金を稼ぐことができる「ハリウッドスター」的な存在なのです。

今日の気分は「オーシャンズ11」それとも「東京物語」?

映画もワインも、その日の気分で作品を選ぶこともしばしば。

ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモン、ジュリア・ロバーツにアンディ・ガルシアなどが出演した「オーシャンズ11」という映画があります。
最近では、スタローン、シュワルツェネッガー、ブルース・ウィルス、ジェット・リー、ドルフ・ラングレンが名を連ねる「エクスペンダブルズ」。
いずれも他の作品ではそれぞれ主役をはるようなスター俳優がずらり。これなら、どの場面をみても見飽きることはないだろう、ドウダっ!という声が聞こえてきそうな配役は、ある意味ハリウッド的な、オールスター競演の映画です。

ゲオルグ・リーデルが来日してイベントづくめ。身体も心も疲労困憊・・・そんな週末に見るなら、顔なじみの豪華俳優陣が次から次へと出てくるこんなエンターテイメント性の高い映画はぴったりです。
やっぱりそんなときには小津映画では・・・ないかなぁ。

ナイアガラは脇役・・・以下???

「観光地で売られている、ワインを知らない人が飲むようなお土産用のワイン」というイメージが強いナイアガラ。
「ワインはやはり高貴品種」になれきってしまうと、ナイアガラは、ともすると脇役以下の「通行人A」くらいの扱いを受けがちなブドウ品種です。
「お寿司にナイアガラ」・・・ワインとフードのマッチングを想像するとしても、そもそも選択肢にすらあがらない組合せかもしれません。

そんな思い込みの殻を破ってくれたのが、熊本在住のリーデルファンWさんの「ナイアガラがお寿司に合うんですよ」のひとことでした。

主役と脇役・・・相互に高め合う関係

初めて國村隼という俳優を意識したのは「半落ち」という映画だったでしょうか・・・。
それ以来、映画やドラマの配役に「國村隼」んお名前を観ると、妙にうれしくなります。期待が高まります。
脇を固める俳優陣に実力者がいれば、作品の緊張感や完成度が高まるからです。

昭和の名バイプレイヤー「笠智衆」・・・

「ありゃぁ・・・だめだ・・・」と半ばあきれつつも温かい眼差しで、走り去ってゆくその男の後ろ姿を眺める住職。
映画「男はつらいよ」で渥美清扮する車寅次郎の生まれ故郷、柴又にある帝釈天・題経寺の「御前様」は、昭和の名バイプレイヤー笠智衆を代表する役柄です。

笠智衆と熊本訛りとフォクシーフレーバー・・・

奇しくも、笠智衆、國村隼ともに同じ熊本県の出身です(國村さんは、生後間もなく大阪に移ったそうですが)。
現在の玉名市に生まれた笠智衆は、熊本訛りのイントネーションが強く、生涯抜けることはなかったそうです。
後年は、その特徴が独特の台詞回しにも繋がり、生来の朴訥としたキャラクターと相まって、俳優笠智衆の個性を形成していきましたが、俳優を志した頃は、当時の俳優の常として東京弁を流暢に話せるよう訓練を積んだそうです。けれども、とうとうそれを克服することはできませんでした。

一方ナイアガラは、コンコードとキャッサデーというブドウを掛け合わせてできた品種で、いわゆるフォクシーフレーバーの強い、言い換えれば「高貴品種」の正反対に位置するブドウ。
この独特のフレーバーが苦手として、ナイアガラを敬遠する人も少なくありません。
ナイアガラにとってのフォクシーフレーバーは、笠智衆にとっての熊本なまりのようなものかもしれませんね。

小津安二郎がみいだした笠智衆の個性・・・

ひとつの出会いが、ある人の人生を劇的にかえてしまうことがあります。笠智衆にとって小津監督との出会いが、彼の俳優人生を大きく変えることになります。
とうとう克服することができなかった熊本なまりを、彼独特の個性、むしろ笠智衆という俳優を輝かせる魅力のひとつとして見いだしたその人こそ、小津安二郎監督です。
監督の代表作である「晩春」「麦秋」「東京物語」では、笠智衆は主役として観るものにしみじみとした印象を与えています。
「あの独特の台詞回し、雰囲気があってこその笠智衆」となったのですから、人間にとっての出会いの大切さを感じます。

「笠智衆と小津安二郎」「ナイアガラと玉利&幸山コンビ」

ある意味、自分がもつ雰囲気にあう役柄しかこなせなかった笠智衆。
役柄に応じて体重を増減させ、アルカポネを演じるために前髪を毛抜きで抜いておでこを広げたロバート・デニーロとは正反対の、不器用な俳優です。
どうしたってあの独特のフォクシーフレーバーが見え隠れして、どうしたってナイアガラなこのブドウ品種は、熊本訛りを気にかけつつも、それ自体が役者としての個性となった笠智衆の姿に重なります。小津監督との出会いがあったからこそ、それまで「欠点」ともみられていた熊本なまりを「魅力」にかえることができたのです。

今回のテーマ「ナイアガラ」も同じです。
「玉利社長&幸山醸造長」という作り手との出会いが、ただ香りが強く甘みのあるジューシーワイン、ともすると「脇役以下」としてみられがちなブドウを、名脇役にかえました。

今回の長時間に及ぶワークショップにおつきあいいただいた玉利社長は、音楽を愛する、芸術家肌の美男子。
性別は違うんですが、ギタリストの村治佳織さんのイメージがなぜか重なります。
醸造長の幸山さんは、渡辺謙と堤真一のハイブリッドのような苦みばしった大人の男。お二人とも、すごく繊細で優しい。
そんな2人がお互いを尊重しつつ信頼しつつ、時に主役になり、脇にまわりつつ、熊本ワインのワイン造りを支えています。

ナイアガラ独特の香りは、グラス形状によって時に集約され、時にニジミを与えられ、味わいの印象との距離感を整えます。
その豊かな甘みは、こくのある寿司酢が引き立てるお米の甘さと重なり、作り手の繊細な美意識がワインに潜ませる酸味が、フレンドリーで豊かな甘みを優しく引きしめ、魚介類との距離を一気に縮めます。

「笠&小津」の出会いを思わせる「玉利&幸山」の名コンビによるナイアガラは、いったいどんな舞台でその魅力を表現したのでしょうか。

<ソムリエ> ボジョレー(#4400/3) 廃盤品

廃盤品なのが残念でしたが、何かの機会にこのグラスで熊本ワインのナイアガラを、濃いめの酢飯でしたてたお寿司にあわせて楽しむイベントをやりたいですね。
とにかく、香りの強さ芳香性、味わいの甘みと酸味のピントがドンピシャでフォーカスされた心地よさ。熊本ワインの品の良いナイアガラの素直な表現。
玉利さんが「ただ甘いだけのワインにはしたくなかった」というメッセージをしっかりと感じることができました。
一回り大きい <ソムリエ> アルザス は現ラインナップにも残っています。

<ヴィノム> オークド・シャルドネ(#6416/97)

熊本ワインを代表する「菊鹿ナイトハーベスト・シャルドネ」に鉄板なこのグラスが、ナイアガラにも選ばれました。
グラスの特徴を考えると順当な選出かも知れませんが、熊本ワインファンにとってはうれしい結果。
少し舌先を飛び越えたあたりから舌上にワインが乗り移ってくる。
ワイドな流れで果実味が膨らみますが、同時に酸味も浮かび上がってくるのでバランスが整うイメージ。
上記 <ソムリエ> ボジョレー に比べるとややふっくらとした感じ。大きな飲み口が香りの集約度を和らげます。

<ヴィノム・エクストリーム> リースリング/ソーヴィニヨン・ブラン(#4444/5)

オークド・シャルドネ グラスとは対照的に、スケール感はありながらキレのある味わい。
品種特有のフレンドリーな香りが最大限にひろがります。
このグラスより一回り小さい <ヴィノム> リースリングでは、若干すぼまりが強すぎるように感じました。
<ヴィノム・エクストリーム> リースリングは、白ワイングラスとしては大ぶりですが、赤ワイングラスとしては中程度。
けっこう使い勝手の良いグラスです。
舌先にいったんワインがとどまり、その後舌の中央付近をストレートに流れてゆきますので、後味のべたつきがなくすっきりとキレのある余韻を演出します。

今回の訪問では、大変希少なボトルを試飲させていただくことができました。
2001年の菊鹿カベルネ・ソーヴィニヨン。ラベルも骨太な感じで渋いですね。

次回12月号、連載最終回は丹波ワインさんへ伺います。
意外なブドウ品種のあのタイプのワインがテーマになる予定です。乞うご期待!

ワイナート

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この記事は2013年9月5日(木)発売「ワイナート 第72号」に掲載されました。
こちらからPDFファイルをダウンロードしていただけます。
ワイナート PDF(259.2KB)

  • 庄司 大輔Daisuke Shoji
  • (社)日本ソムリエ協会公認ソムリエ/リーデル社 ワイングラス・エデュケイター

1971年神奈川県生まれ。明治大学文学部文学科卒業、専攻は演劇学。 塾講師、レストラン勤務などを経て、1998年(社)日本ソムリエ協会公認ソムリエ呼称資格取得。1999年にボルドー地方サンテミリオンの「シャトー・トロットヴィエイユ」で学ぶ。2001年リーデル・ジャパン入社、日本人初の「リーデル社グラス・エデュケイター」となる。リーデルグラスとワインの深いつながりやその機能を、グラス・テイスティングを通して広く伝えるため、文字通り東奔西走している。
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